「読み書き算盤」を身につける!

Reading, writing and calculating.

 算数・数学が苦手な生徒たちの最大の弱点は、計算が不正確なこと、計算が遅いこと、計算に労力がかかることだ。計算にエネルギーを使わずに、楽々と問題に取り組むことができるなら、算数・数学の学習は楽しいものになるだろう。
 ゼロを発見した民族であるインド人が理数系の学問を得意とするのは、暗算力のおかげである。
 数学の教師を見ても、問題を解く速度が速いのは、やはり暗算を得意とする教師である。
 山手学院の教師のなかに、4桁×4桁を暗算する強者がいる。全国珠算教育連盟で珠算7段、暗算9段。彼によると、算盤・暗算のメリットは、「計算が速くできる」「大きな数字でも平気になる」「集中力がつく」「数字自体に強くなる」「気楽に計算できる」「大きな桁数の暗算もできる」「日常生活で役立つ」などなど。
 算盤の教育は江戸時代まで遡ることができるが、明治34年に刊行された『女子生涯の務』(的場鉎之助)を見ると、「読み書き算盤」を生涯の初めに学ぶべきことと定めている。読み書き算盤ができないと、生きていくうえで苦しいことになる。読み書き算盤は小学生のうちに習い覚えることであり、成人してからでは難しい。飯を炊くとき、米の洗い方、水加減、火の焚き塩梅、そして火を引くときまで、くわしく教えられたとしても、自分でやってみなければわからないように、「読み書き算盤」は実地実際のことに活用しなければ役に立たない。明治時代の婦人には算術が必要であるとして、記述は、算術(算盤)の説明に入る。
 まず四則として、加算(よせ算)、減算(ひき算)、乗算(かけ算)、除算(わりさん)の基本。
 和算と洋算の別があり、それぞれ利益があるが、日常のことは和算で足りる。
 加算の九九として、「一に九足すの十。二に八足すの十。三に七足すの十。四に六足すの十。五に五足すの十。六に四足すの十。七に三足すの十。八に二足すの十。九に一足すの十。」
 減算の九九として、「一引いて九残る。二引いて八残る。三引いて七残る。四引いて六残る。五引いて五残る。六引いて四残る。七引いて三残る。八引いて二残る。九引いて一残る。」
 このあと、乗算の九九、除算の九九と続く。(乗算の九九は、君たちも身につけている)
 算術は商人の仕事だとか下賤の役割だとかいうのは大昔のことで、明治の御代では、誰もが勤めて算術を学ぶべきであると勧めている。(以上『女子生涯の務』第3章)
 明治時代の人たちは、きっと算術に強かったにちがいない。
 さて、算盤の利点を現代的に解釈すると、「算盤という具体的な道具が数字を抽象化していること」「指を使うことによって数字を体感できること」「算盤の操作をイメージ化することによって脳の働きを活性化すること」「計算が脳の中で自動化されること(高速化されること)」などが考えられるだろう。
 小学生のわたしにとって算盤という道具は戸車のたくさんついたスケートボードのようなものであったが、本来、算盤は計算を抽象化する高度な道具なのである。
 算数・数学を苦手にする生徒たちと接していると、大きな原因が、計算がめんどうだという心理面にあることがわかる。つまり、計算が億劫だから、算数・数学がきらいになっていくのだ。
 和算でも、洋算でも、くりかえしによって計算速度は上がっていく。計算が楽なら、算数・数学に取り組むことがめんどうにならないし、学習が持続できるであろう。
 算数嫌い、数学嫌いにならないために、早い段階で「楽に計算できる力」を身につけておこう。

学院長 筒井保明