夢は実現する

Dreams come true!

 七夕の夜、君も、願いごとを書いた短冊を笹の葉につるしただろうか。
 短冊に書かれた願いごとは、それが本気の目標であり、君の良心に反しない希望であるならば、きっと実現するだろう。なぜなら、君が信ずるかぎり、夢は実現するものだからだ。
 では、「夢は実現する!」を科学的に解説してみよう。
 そもそも夢とは「君が実現したいこと」である。
 本気で「実現したい」と思うと、行動を促すホルモンであるドーパミンが君の脳の前頭前野まで届き、君は行動を起こすことになる。つまり、「君の夢」は、行動のモチベーションなのだ。
 つぎに「実現したいこと」に関連する情報が、どんどん君のなかに飛び込んでくる。情報の取捨選択は、君の関心によって決定される。君が関心を持っていることは、あちこちから君の目や耳に入ってくるけれど、君が関心を持っていないことは目の前にあっても馬耳東風で君を素通りしていくだけだ。「実現したいこと」があると、それを達成するために必要なことがわかってくる。ものごとは、目標が先で、手段は後から見つかる。これも脳の働きの一つ。
 さらに「実現したいこと」につながる取り組みは、すべて君にとって「やりたいこと」になる。「やりたいこと」をやるとき、君の脳の海馬や前頭前野が活性化して、スムーズに取り組みを進められる。そして、君は自分が満足するまで取り組みを続けられる。
 このように、毎日、自発的に、積極的に取り組んでいくことができれば、夢は実現するだろう。
 ところが、君の夢の実現を妨げようとするものが、つぎつぎとあらわれる。
 それが保護者であったり、先生であったり、友だちであったりすると、君は困惑してしまう。
 教育学者のマリア・モンテッソーリは、「子どもの能力の発展を妨げているのは、ほかならぬ教師である」といった。「やさしい教師の、おせっかいな手出し、不必要な指導が、子どものやる気を削ぎ、自発的な取り組みを阻み、大きな成長の機会を失わせているのだ」と厳しく指弾した。
 モンテッソーリが見た事実として、「子どもたちがなにかを取り囲んで、わいわい騒いでいた。その集団の後ろで小さな子どもが背伸びをしているが、のぞき込むことができない。そこで、その子どもは、その場所から離れ、椅子を運んできた。椅子の位置を決め、椅子の上に立って、その子どもは、ぐんと背を伸ばそうとした。そのとき、その子どもの行動に気づいた教師が、子どもをうしろから抱きかかえ、のぞき込める高さに持ち上げて、さあ、これで見えるでしょ、といった。自分の行動を中断されたときの、小さな子どもの、ざんねんな、がっかりした表情といったら!」
 一つの秩序をつくろうとして、子どもは自分で取り組んでいた。しかし、教師のおせっかいが、取り組みを中断させ、秩序をつくる(学習する)喜びを子どもから奪ってしまった。思いやりのある教師でも、このようなまちがいを仕出かす。やがて、子どもは、自発的な取り組みをやめてしまう。
 目標達成法のなかに、「自分の夢や目標を周囲に話してはいけない」という項目があるのは、この教師と似たような行動をとる人が多いからかもしれない。悪意の妨げは撃退するだけだが、善意の行為は防ぐことがむずかしい。もちろん、人の助けが必要なときもあるから、周囲の人には、
「助けが必要なときは、相談します。だから、自分一人でやっているときは、どうか見守っていてください」と頼んでおくといいだろう。
 ともあれ、本気の夢は実現するものだ。さて、君の夢はなんだろうか?
※Dreams come true.と夢が複数であるのは、君の夢はいくつもあるはずだから。

学院長 筒井保明