珠算式暗算は脳の働きを高める②

 珠算式暗算は、前頭前野でそろばんのメンタル・ピクチャアを操作することです。
 前頭前野の働きが人の知能ですから、珠算式暗算は、実効性のある脳トレであるといえます。脳トレのソフトウエアはいろいろありますが、算数的能力・数学的能力をつちかうには、やっぱり珠算式暗算です。
 昭和の初頭、名古屋市新道尋常小学校校長の榊原孫太郎先生が珠算と珠算式暗算を児童たちに指導しました。その実践に基づいて、昭和七年に『一元的算術教育』を出版します。なにごとも論より証拠ですから、この書物に書かれていることは貴重です。
 榊原先生の意見をみなさんにわかりやすいようにまとめてみましょう。
『暗算には、能力暗算と珠算式暗算のふたつがあります。小学校で課せられるのは能力暗算ですが、覚えるまでに労力と時間がかかるうえに、数が大きくなると、けっきょく珠算か筆算にたよるしかありません。ですから、能力暗算は、実用向きとしては不便なのです。
 珠算式暗算は、脳に思い描いたそろばんを使って計算する方法です。そろばんを抽象的にイメージして計算しますから、実際にそろばんを使って計算すること以上に、正確に速く、五六桁以内の加減乗除はかんたんです。
 おどろく人もいますが、そろばんを弾くことができる人であれば、だれでも可能ですし、難しいことではありません。暗算の練習をしていないから、できないだけです。
 ためしに目を閉じて、そろばんを思い浮かべて、2+3の計算を思い描いてみれば、おぼろげであっても梁(はり)の上の五玉を下ろし、梁の下の玉二個を払って、5という答えを得るでしょう。
 珠算式暗算の基礎は、数をそろばんの形にして脳に思い浮かべることです。手始めに、残像を利用しましょう。たとえば、そろばんに二十六と置いて、約三十秒、これを注視して、目を閉じれば残像が残ります。(脳の記憶域のワーキングメモリーの働き)この残像を維持しながら、計算していくと、順次、玉の変化したそろばんのイメージが頭に残ります。答えは、脳に浮かんでいるそろばんを読めばいいのです。一学期のあいだに、四桁・五桁くらいのイメージができるようになります。
 そろばんのイメージの確かさをチェックするためには、たとえば、3467を脳に描いたそろばんに置き、それを下の桁からいわせると、7643といえますし、基数の和を問えば20と答えられます。そろばんを脳に描けているならば、かんたんです。
 じゅうぶんにイメージ練習ができたならば、一桁の補数練習、二桁の補数練習を行い、加法の練習から始めましょう』(以上、引用および書きかえ)
 このあと、人の記憶に、視覚型、聴覚型、筋肉型、混合型等があることが説明され、榊原先生の実践では、多くの児童が視覚型と筋肉型の混合であったことが報告されています。筋肉型というのは、空中にそろばんがあるかのようにイメージして、手指を動かしながら暗算するタイプのことです。
 児童たちのうち、視覚筋肉両型の混合型がもっとも上達したようです。そういっても、手指を動かすような動作は初歩のうちで、熟練した児童たちは、よそ見をしながらでも、笑いながらでも、落書きをしながらでも、正確に、敏速に計算していて、外から見ただけでは計算しているように見えなかったようですから、たいしたものです。

学院長 筒井保明