挑戦と失敗

Trial and Error

 プログラミング教育が世界中で始まっている。日本でも遅ればせながら始まるけれど、うまくいくだろうか。
 プログラミング教育に必要なのは、まず生徒一人ひとりの想像であるから、あらかじめ用意された答えにたどり着くような教え方では、生徒たちの能力は育たない。プログラミングの学習は、基本として自立的な学習であり、トライアルとエラーをくりかえしながら、自分で会得していくものだ。
 小学校の教科でいえば、図画工作のデジタル版であるといってもいい。
 この大前提に立って、授業が行われるならば、プログラミング教育はうまくいくだろう。
 プログラミングは、21 世紀型スキルとして、生きていくために必要な教養であることはまちがいない。
 文部科学省の「小学校プログラミング教育の手引き」の言葉を使えば、「論理的思考力」「創造性」「問題解決能力」「プログラミング的思考」を育成することがプログラミング教育のねらいであるけれど、もっ と率直に、「プロジェクトprojects、情熱passion、共有peers、プレイplay を通して、創造力creativityを養うこと」というMIT(マサチューセッツ工科大学)でスクラッチ開発グループを率いるミッチェル・レズニック博士の表現のほうが、プログラミング教育にはぴったりくる。
 プログラミング教育の要は、創造力なのだ。なぜなら、想像を実際に働く形にするのが創造力であり、プログラミングは創造の方法であるからだ。
 レズニック博士は、論理的思考とはいわず、創造的思考(creative thinking)という。その創造的思考を培う子ども用のアプリケーションやハイテク玩具がほとんどなかったので、ビジュアルプログラミング(スクラッチ)を開発したのだ。
 文部科学省がプログラミング教育に採用しているのも、このビジュアルプログラミングである。また、手引きを読んでいてほっとしたのは、「試行錯誤」という言葉をくりかえして使っていたことである。日本の学校教育に不足していたのが、この「試行錯誤」であり、「まちがえないこと」を重視して、「まちがえること」を大切にしてこなかったことが、わたしたちの創造力を減退させたのかもしれない。
 人は、記憶の原理として、まちがいを手引き(インデックス)にして学習するのであるから、「試行錯誤」の経験は学習そのものである。プログラミング学習では、自分が想像したプロジェクトを実現するために、なんども試行錯誤をくりかえすだろう。そして、その試行錯誤の過程で、論理を組み立てること、問題を解決すること、予期した結果を出すことなど、プログラミング教育のねらいが達成されるのである。
 ところで、レズニック博士のスクラッチ開発グループの名前は「ライフロング・キンダーガルテン」(生涯続く幼稚園)という。名前の由来は、「急変する社会を生きぬくあらゆる年代の人々にとって、創造的能力を広げるためには、幼稚園スタイルの学習が求められる」ということだ。
 幼稚園の開祖は、ドイツの教育学者フリードリッヒ・フレーベル(1782-1852)。レズニック博士の使う「創造力」という言葉は、フレーベルの教育方法の要でもある。フレーベルは、教室方式(講義方式)でなく、環境に働きかける遊びや作業を重視した。
 プログラミング教育は、教室方式ではむずかしいかもしれない。スタートは一人ひとりの想像であり、その想像を一人ひとりが試行錯誤しながらプログラムするからだ。
 創造力(モノをつくる力)は、挑戦と失敗によって、養われる。「試行錯誤」を恐れてはいけない!

※図は、Lifelong Kindergarten by Mitchel Resnick (The MIT Press 2017) より。

学院長 筒井保明