そろばんでどこまで計算できるの?

 みなさんのおじいさん・おばあさんの子どものころは、そろばんという道具は、現在より、もっと身近なものでした。算盤には大きなものから小さなものまで、また長いものから短いものまで、本当にさまざまな種類のものがあって、わたしの家にも、商売をしていたせいか、碁石ほどの大きさの玉をつらねた木製のそろばんから、手のひらサイズの華奢な小さなそろばん、また、一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、秭(𥝱)、穣、溝、澗まで計算できる長さのものまで、さまざまなそろばんがありました。ただし、わたしの場合、そろばんとして用いられることは少なくて、たいてい、現在のブレードボードや、むかし流行ったローラースケートのようなものになっていました。
 ところで、漢数字の桁をアラビア数字で表しますと、下記のようになります。
一 1
十 10
百 100
千 1,000
万 10,000
億(万万) 100,000,000
兆(万億) 1,000,000,000,000
京(万兆) 10,000,000,000,000,000
垓(万京) 100,000,000,000,000,000,000
 一般的な23桁そろばん、少し長い27桁そろばんのどちらでもまだ計算できますね。
 垓のつぎの秭(𥝱)になりますと、万垓ですから、1,000,000,000,000,000,000,000,000となり、23桁そろばんではもう計算できません。
 わたしの手元にある明治時代に出版された『算盤の独稽古』篠田正作著(算盤を一人で練習するための手引き書)には、覚えるべき暗記数目として、〔基数〕一、二、三、四、五、六、七、八、九、〔大数〕一、十、百、千、万、億、兆、京、垓、秭(𥝱)、穣、溝、澗、〔小数〕分、釐、毫、絲、忽、微、繊、沙、塵、埃、渺、漠 を上げています。使わない単位を覚えよとはいわないでしょうから、きっと使う機会があったのだと思います。
 ちなみに、当時、江戸時代からの習慣で、奇数は、半目の数、偶数は丁目の数といいます。さいころを二つ振って、偶数か奇数かを争う「丁か半か」はここから来ています。
 ともあれ、よほどの関心がないかぎり、むかしの手引き書を読む必要はありません。なぜなら、『算盤の独稽古』に書かれていることの多くはもう必要でないからです。
 たとえば、着物を作るのに使う布のことを反物(端物)といいますが、「一反は二丈六尺のものあり、または二丈七尺、二丈八尺等種々あり」とあいまいに書かれています。丈は十尺、尺は十寸。寸は、中学生になると、『竹取物語』で約3.03cmと覚えることになります。かぐや姫の身長が3寸ばかりで、約9㎝。ですから、二丈七尺は約8m18cmだと計算できますが、現在ではあまり役に立ちませんね。(でも、古文をはじめとして、十進法によるメートル法が採用される以前の書籍を読むためには必要です)
 みなさんもとても長い算盤を目にする機会があるでしょう。長いのは、大きな数を計算できるようにするためです。25桁の秭(𥝱)の先には、穣、溝、澗、正、載、極、恒河沙、阿僧祇、那由他、不可思議、無量大数と続きます。そろばんの長さをどんどん長くしていけば、時間はものすごくかかるでしょうが、数字がそこにあるかぎり、そろばんの計算は可能なのです。

山手学院 学院長 筒井保明