Archive List for そろばん通信

そろばん通信|2019年7月号

そろばんで集中力を身につける  集中力を身につけることを目的の一つとして、そろばんに取り組んでいる小学生もたくさんいます。  そろばんは、たしかに集中力を身につける学習です。「やるぞ」と思ってそろばんに取り組むと、やる気分子と呼ばれるドーパミンというホルモンが前頭前野までとどいて、集中力が生まれます。  ところで、集中力が続かない小学生の原因はなんでしょうか?  海外では、「食べ物」が原因になっているのではないか、といわれています。  保護者の方は、炭水化物ダイエットという言葉を聞いたことがあるでしょう。あわてて炭水化物を食べるのを控える人が増えましたが、それはまちがいです。正確には、血糖値を急激に上げる食べ物を控えましょう、ということです。  現在の高校の化学の教科書では、ブドウ糖をグルコースとカタカナ表記します。果糖はフルクトース。麦芽糖はマルトース。蔗糖はスクロースです。  一九八〇年代のはじめに、食品による血糖値の上昇度を表すGI(グリセミック・インデックス)という重要な考え方が登場したので、Gはグルコース(ブドウ糖)のG、とわかりやすくしたのかもしれません。  グリセミック・インデックスは、高度・中度・低度と大ざっぱに分けます。高GIの食品を食べたり飲んだりした場合、急激に血糖値が上がります。小学生は、興奮気味になります。  ところが、急激に血糖値が上がりますと、今度は、インスリン分泌によって血糖値が急激に下げられます。それが行き過ぎて、低血糖になります。すると、小学生は、いらいらしたり、不安になったり、元気がなくなったり、頭痛がしたりします。  そして、また、白砂糖のような血糖値を急激に上げるものがほしくなります。甘いものが止められなく仕組みでもあります。(常習化しなければ、問題はありません)  この上下に激しく動く血糖値が、落ち着きのない、集中力が続かない小学生の原因だといわれているのです。  わたしの生徒に、椅子に三〇分、座っていられない女の子がいました。チョコレートを毎日食べて、甘いジュースも毎日飲んでいました。お母さんと相談して、チョコレートや甘い菓子などを控えて、甘いジュースも麦茶に変えることになったのですが、なんと、極端なお母さんは、完全に禁止したのです。  一カ月後、小学校の先生に呼び出されたお母さんは、「うちの娘がまた暴れたのかしら」と心配したのですが、先生は「最近、娘さんはすごく落ち着いていて、集中できています。いいことでもあったのでしょうか? 本当におどろいています」と娘さんをほめたのです。  そろばんで集中力は身につきます。もし、なかなか身につかないとすれば、甘いものを食べすぎていないか、ちょっと反省してみるのもいいかもしれません。 学院長 筒井保明

そろばん通信|2019年6月号

そろばんと算数はつながっている。  算盤との関連で、江戸時代にも読まれた中国の書籍に『孫子算経』がある。書かれたのは、四、五世紀ごろ。  中学受験でおなじみの「つるかめ算」の元もこの本に登場する。鶴と亀ではなく、雉(きじ)と兎(うさぎ)であるが。 「今、ここに雉と兎がいて、同じ籠に入っている。頭が三十五で、足が九十四。さあて、雉と兎はそれぞれいくつ?」  答えは、雉が二十三、兎十二。  中国では小学五年生の教科書にも採用されているようだ。  中学生は、方程式を使って、雉をx、兎をyとして、x+y=35、 2x+4y=94 を解いて、x=23、 y=12 の解答を得る。  方程式を使わない小学生は、 「35羽のすべてが雉であると仮定すると、足は70本。実際の足の合計は94であるから、足が24本余る。これを4本足の兎に配当すると、24÷2 で兎が12羽(日本では兎も一羽、二羽と数える)であることがわかる」  この逆に、 「すべてが兎であると仮定すると、足は140本。足が46本足りない。2本足に戻さなければならないのは、46÷2で23羽。つまり、雉が23羽であるから、35-23で兎は12羽となる」  中学受験の生徒であれば、面積図で解く方法を教わったかもしれない。  この特殊算は、『孫子算経』の下巻に記述されている。  さて、上巻は、単位の修得から始まる。明治時代の日本のそろばん関係の書物を見ても、わたしたちはやはり単位に悩まされる。  現代のわれわれが覚える必要はないだろうが、『孫子算経』の本文の冒頭であるので紹介すると、 「度(長さ)は、忽から始まる。蚕が吐く糸の長さを忽とする。十忽を一糸とする。十糸を一毫とする。十毫を一mao(牛偏に毛)とする。十maoを一分とする。十分を一寸とする。十寸を一尺とする。十尺を一丈とする。十丈を一引とする。…」 「量(重さ)は、粟から始まる。六粟を一圭とする。十圭を一撮とする。十撮を一抄とする。十抄を一勺とする。十勺を一合とする。十合を一升。十升を一鬥とする。…」  現在でも、一寸一尺、一合、一升は、かろうじて生きている単位だろう。  九九は、ちょっとおもしろくて、 「八九、七十二、自相乘(自乗・二乗)すると、五千一百八十四、八人で分けると、六百四十八。七九、六十三、自乗すると、三千九百六十九、七人で分けると、五百六十七。六九、五十四、自乗すると、二千九百一十六、六人で分けると、四百八十六。五九、四十五、自乗すると、二千二十五、五人で分けると、四百五。四九、三十六、自乗すると、一千二百九十六、四人で分けると、三百二十四。三九、二十七、自乗すると、七百二十九、三人で分けると、二百四十三。二九、一十八、自乗すると、三百二十四、二人で分けると、一百六十二」といった具合である。  この九九をそろばんで弾いてみよう。 学院長 筒井保明

そろばん通信|2019年5月号

そろばんは数学の基礎になる教具  将棋の藤井聡太くんの活躍で、急に注目が集まったモンテッソーリ教育。  アマゾン創業者のジェフ・ベゾス、グーグル共同創業者のセルゲイ・ブリンとラリー・ペイジ、ワシントン・ポスト社主のキャサリン・グラハム、『アンネの日記』のアンネ・フランクなど、たくさんの有名人が、モンテッソーリ教育で育っている。  教育法としては、百年ほどの歴史をもつメッソドであり、わたしも最初の著書である『モンテッソーリ・メッソド』から晩年の『吸収するマインド』まで愛読して、学習指導の参考にしている。  マリア・モンテッソーリは、直感的な教具を好んでいて、積み木に類するものが多く、教具の中には、アバカス(西洋そろばん)や算木もある。  最晩年の『吸収するマインド』を読み直していたとき、このそろばん通信の原稿を書かなければ・・・という思いが無意識に働いていたせいか、モンテッソーリの「感覚教具」の説明に、「わたしたちのそろばん指導をそのまま説明しているようだ」という驚きを感じた。  まず、学びたい、という欲求。この学びたいという欲求をきっかけに、自分で選んだ学習に好きなだけ自分で取り組んでいく。親や教師の役割は、子どもたちを見守ることである。(じつは、手持無沙汰なように見える「見守る」ということに重要な働きがある。親や教師が見守って、子どもたちの取り組みを認めることによって、子どもたちの自己効力感が培われる)  「そろばん」は、子どもたちの、「やるぞ」というスタートから、練習の終了まで、基本的に自分で取り組んでいく。そして、そろばんに取り組んでいるあいだ、子どもたちは「集中」を持続している。(そろばんの効果の一つが、集中力の養成である)  モンテッソーリ教育の中心は、「自発性」と「集中」であり、 「子どもたちが正常化すれば、子どもたちは自発的に学び、自分の能力を発揮しながら、ぐんぐんと成長できる」  というのがモンテッソーリの考えだ。 「子どもたちの正常化は、一つの作業への集中から生まれる。正常な状態への移行が起こるのは、手を使う作業の後、精神の集中がともなう作業の後である」(『吸収するマインド』から)  モンテッソーリは、そろばんのような教具を「具体化された抽象」(数字という抽象概念をそろばんの玉で具体化している)と呼ぶ。そうした教具は、数学の基礎になるのだ。  そろばんに集中して取り組むことは、モンテッソーリ教育の考え方にも合っている。じじつ、そろばんに集中して取り組んだ後、どの子どもの顔もしっかりとした表情になっている。  子どもたちが本来持っている能力を引き出すためにも、そろばんに「集中」して取り組むことは有効だ。 学院長 筒井保明