Archive List for そろばん通信

そろばん通信|2020年2月号

珠算式暗算は脳の働きを高める。  鉛筆やそろばんを使わない計算を暗算といいます。  鉛筆を使わない暗算には、九九や円周率や平方根の数の暗記から、基礎暗算、実用暗算、補助暗算、予備暗算のような種類があります。なんども練習して覚えるので、能力暗算ともいわれますし、暗記的計算ともいわれます。  ちなみに、英語圏の学生は、円周率の近似値を覚えるのに、Yes, I know a number.(はい、数字を知っています)と覚えます。アルファベットの数を数えれば、Yes, (3.) I (1) know (4) a (1) number (6) で、3.1416 ですね。  いっぽう、珠算式暗算は、頭にそろばんを思い浮かべて計算することです。  ちょっとそろばんを思い浮かべてみてください。そうして、そのそろばんの玉を弾いて計算してみてください。  一+三=  四+六=  一〇+一五=  二五+三二=  ふだん、そろばんをしっかり練習しているみなさんなら、きっとできるはずです。  さて、みなさんが思い浮かべたそろばんのことを、神経科学の世界では、メンタル・ピクチャア(mental picture ・心的イメージ)といいます。  実物を見たことがあれば、かんたんです。  つぎの言葉を思い浮かべてみましょう。  いぬ  ねこ  かえる  おかあさん  そろばん  どうですか。  思い浮かびましたか。  メンタル・ピクチャアは、自分が好きなイメージでかまいません。「いぬ」がブルドッグであっても、チワワであっても、セントバーナードであってもいいのです。  いぬを思い浮かべたら、そのいぬを走らせてみたり、ジャンプさせてみたり、骨をくわえてもどらせてみたりしてください。  できましたか。  ねこでも、かえるでも、おかあさんでも、そろばんでも、おなじようなことができるでしょう。ねこなら、ねむらせてもいい。かえるなら、およがせてもいい。おかあさんなら、料理をしてもらってもいい。そろばんなら、パチパチと音を立てながら指で玉を弾いてもいいでしょう。  メンタル・ピクチャアを思い浮かべて、それを動かすのは、脳の前頭前野の働きです。この働きを強めることができると、みなさんの記憶力や学習能力はグンと高まります。  パソコンやパッドの画面でそろばんを操作するソフトウエアもありますが、わたしは推奨しません。  実物のそろばんを使って計算し、そのそろばんをメンタル・ピクチャアとして思い浮かべて計算(つまり暗算)することのほうが、脳のトレーニングとしてもっと有効でしょう。なぜなら、ふだん実物のそろばんを使って練習していますから、視覚だけでなく、聴覚も、触覚も、そろばんを舐めたり嗅いだりすれば、味覚や嗅覚もイメージに参加することができるからです。当然、メンタル・ピクチャアの臨場感が強くなりますから、みなさんはリアルにメンタル・ピクチャアのそろばんを操作することができるでしょう。 学院長 筒井保明

そろばん通信|2020年1月号

子年は成長の一年です。  二〇二〇年は子年です。子年には、ネズミを動物として当てます。  紀元前二〇〇年代の秦の時代の竹簡に「子、鼠也」と書かれているそうですが、理由を説明していません。漢字の世界では、音が共通する漢字は意味が関連すると考えます。江戸時代に書かれた『和漢暦原考』(石井光致)を見ると、『「子」は「滋」(繁殖・生長)「孳」(繁殖)であり、つとめて止まず、ますます増える』とあります。みなさんが「子の字があらわす、つとめて止まず、ますます増える動物はなあに?」というクイズに答えるとしたら、どんな動物を思い浮かべるでしょうか?  十九世紀までであれば、中国人に限らず、日本人でも、ヨーロッパ人でも、「ネズミ!」と答えたのではないでしょうか。それほど、ネズミはどんどん増えるのです。  さて、和算・そろばんの世界で、ネズミといえば、まっさきにネズミ算が思い浮かびます。  「正月に、ネズミの父母が子を十二匹生む。親と合わせて十四匹。このネズミたちが一組の父母になって、二月に十二匹ずつ生む。合計で九十八匹。このように、親も子も孫も曽孫も、毎月、十二匹ずつ子ネズミを生むと、十二月には合計で何匹になるだろうか? ※月々に生まれる十二匹はオス・メス半数ずつ」  もとは江戸時代にまとめられた塵劫記(じんこうき)という和算の教科書に載っているのですが、明治・大正になっても、算術や珠算の教科書に取り上げられています。  月々を計算していくと、  一月 親(父母)ネズミが子ネズミ12匹(オス6匹・メス6匹)を生んで、合計14匹。  二月 生まれた子 84匹 合計98匹。  三月 生まれた子 588匹 合計686匹。  四月 生まれた子 4,116匹     合計4,802匹。  五月 生まれた子 28,812匹     合計33,614匹。  六月 生まれた子 201,684匹     合計235,298匹。  七月 生まれた子 1,411,788匹     合計1,647,086匹。  八月 生まれた子 9,882,516匹     合計11,529,602匹。  九月 生まれた子 69,177,612匹     合計80,707,214匹。  十月 生まれた子 484,243,284匹     合計564,950,498匹。  十一月 子 3,389,702,988匹      合計3,954,653,486匹。  十二月 子 23,727,920,916匹      合計27,682,574,402匹。  となり、答えは、二百七十六億八千二百五十七万四千四百二匹になります。  もちろん、珠算では、こんな遠回りはしません。わたしの手元にある『新選珠算実習書』(大正六年)には、「まずこの算法は実(被乗数)に二匹を置き、法(乗数)に七と置き十二度乗ずれば知るなり」と説明してあります。数式であらわせば、  こういった考え方でも珠算と数学はつながっています。珠算に加えて、数学的な発想ができれば、さらに計算は速くなるのです。  陰陽の思想でいいますと、子年は陽が兆す年です。みなさんにとっては成長の年になります。  いい一年にしていきましょう。 学院長 筒井保明

そろばん通信|2019年12月号

定位法・片落とし・両落とし  江戸時代から、そろばんには流派がありました。  おなじ割り算でも、みなさんとおなじようにかけ算の九九を使う流派もあれば、別にわり算の九九を覚えて、それを利用する流派もありました。  かけ算のとき、かけられる数とかける数の両方をそろばんに置く方法を「定位法」、かけられる数を置く方法を「片落とし」、どちらも置かない方法を「両落とし」といいますが、みなさんはどの方法を使えばいいのでしょうか。  いろいろな意見がありますから、判断に苦しむかもしれません。  わかりやすく説明すれば、みなさんが初めて自転車に乗るときとおなじです。  自転車に乗ることにものすごく不安であれば、自転車の後輪の左右に補助輪を付けます。不安が小さくなりますと、片方をはずして、片方だけ残すことがあります。しかし、上手に乗れる見込みが出てきますと、両方の補助輪を外してしまいますね。  将来的に「そろばん式暗算」を身につけようと考えている場合、最初から「両落とし」で練習しておきますと、暗算の習得がスムーズになります。また、計算に速度を求める場合も「両落とし」になります。  最初のころは「定位法」や「片落とし」よりむずかしく感じる「両落とし」ですが、小学生の脳は柔軟ですから、安心してトライしてください。大人がもたもたしている横で、小学生は「両落とし」でどんどんそろばんの玉を弾くことができるようになります。  小学生の有段者のほとんどは、「両落とし」で練習しているのではないでしょうか。  保護者様の世代の方には、わたしがお話ししたかぎりでは、「片落とし」で学んだ方が多く、「両落とし」「定位法」と続きます。有段者になると、やはり両落としです。  もしかしたら、そろばんの先生たちが「初学者の生徒たちにどれだけの力をつけたいか」と考えたとき、人の心理として、なんとなく平均的な「片落とし」を選んでしまうのかもしれませんね。計算まちがいを減らすために「片落とし」を選ぶ先生もいるでしょう。  しかし、大人はたいてい子どもたちの能力を低く見積もってしまいます。大人よりも子どものほうが「両落とし」をマスターすることが早いのです。  もちろん、どの方法にも長所と短所がありますから、さまざまな目的に応じて方法を選んでもいいのです。それでも、学習でも、習い事でも、スポーツでも、芸術でも、やるからには、高みを目指したほうがいいと思います。高みを目指すからといって、苦労は不要です。みなさんが自発的に「やりたい」という気持ちで取り組むなら、そろばんの練習に楽しく持続して取り組むことができます。  そろばんを前にしたら、目をつぶり、肩の力を抜いて、リラックスしてください。  目を開けて、「やるぞ」と気合を入れて、あとは「楽しく」取り組むだけです。 学院長 筒井保明