Archive List for そろばん通信

そろばん通信|2021年6月号

レオナルド・ダ・ヴィンチと珠算式暗算  レオナルド・ダ・ヴィンチの天才の秘密に触れてみたかったら、ダ・ヴィンチとおなじトレーニングをしてみよう。  まず、バラをしっかりと見る。花びら、がく、とげ、葉軸、小葉とできるだけ細部までしっかりと見る。そして、そのイメージを頭に焼き付ける。できたかな?  つぎに目を閉じて、いま見たバラの花を細部まで頭の中に再現してみるのだ。もちろん、リアルであれば、リアルなほどよい。  やってみるとわかるのだが、思ったより頭が疲れるはずだ。リアルに思い浮かべようとすればするほど、息が切れるくらい、脳がエネルギーを使うからである。脳のエネルギー源はグルコース(ブドウ糖)と酸素だけれど、感覚としては酸素をものすごく使う。  そもそも脳は、ひとの一日分のエネルギーの20%ほどを使う。もちろん、酸素の消費量がもっとも多いのも脳で、酸素の消費量も全体の25%ほどになる。ふつうに脳を使っていても、それだけ使うのだから、リアルにイメージを思い浮かべようとするトレーニングは、かなりきついものなのだ。でも、なんどもチャレンジしていると、だんだんリアルにイメージできるようになる。このイメージ再現能力がダ・ヴィンチの天才の秘密の一つなのだ。  ダ・ヴィンチは、まちがいなくイメージで思考した。だから、ものすごい量のエネルギーをダ・ヴィンチの脳は消費した。こんなトレーニングを日常で行っていたのだから、ダ・ヴィンチの脳は、桁違いに優秀だったわけだ。  この練習をしてみると、むしろ言葉は脳の手抜きではないかと思われるくらい、楽である。山や川のイメージを思い浮かべてみろ、といわれると、けっこうたいへんだが、「山」や「川」という言葉で置き換えてしまえば、ほとんどの人がほっとするだろう。  珠算式暗算は、脳に思い浮かべた算盤のイメージを操作することだから、脳はかなりのエネルギーを使う。実際に算盤を使って計算するほうが楽で、珠算式暗算は、本人が思っているよりもはるかにエネルギーを使うはずだ。もし算盤を使用しているときと、珠算式暗算を行っているときの酸素の消費量を量ることができれば、きっとおもしろい結果になるだろう。  みなさんは、ぜひ珠算式暗算で、脳のイメージ操作力を鍛えてください。イメージを操作することは、みなさんが予想しているよりもはるかに疲れるけれど、そのぶん、みなさんの脳は鍛えられる。  「イメージが先。言葉が後」  イメージを覚えたり、操作したりすることにはたくさんのエネルギーを使うけれど、いちど、その経験をしておくと、「言葉って、なんて楽で便利なものだろう」ということがわかる。  もしレオナルド・ダ・ヴィンチの眼の前に算盤があったら、イメージ・トレーニングを使って、彼はあっというまに珠算式暗算の名人になったのではなかろうか。なぜなら、脳のなかでさまざまな花のイメージを細部まで再現できたダ・ヴィンチは、算盤をリアルに思い浮かべて操作することぐらい、かんたんにやってのけたであろうからだ。 山手学院 学院長 筒井保明

そろばん通信|2021年5月号

そろばんは体感だ!  数学史で九九の歴史をさかのぼりますと、半九九、また逆九九の記録が先に登場します。  わたしたちがおぼえる総九九が日本で採用されたのは1925年ですから、それほどむかしではありません。  九九は、基本的に暗記します。イメージを操作することもできますが、一般的には、数字という言語を使用した暗記といっていいでしょう。  前回、3×3=9(さざんがく)、4×2=8(しにがはち)のように、「が」が残ったのは、そろばん教師のおかげであったことを話しました。当時の文部省は、(さんさんく)とか(しにはち)のように、「が」を捨てる指示を教師にしていたのです。  せっかくそろばん教師たちが、唱えやすいように「が」を残したのですから、みなさんは声に出して九九を暗記しましょう。  ところで、最近、総九九を逆にひっくりかえした逆九九表を学習プリント.comが無料で提供しています。  9×9=81(くくはちじゅういち)から始まりますので、逆九九表です。この表を答えられるようにすると、柔軟に九九を使えるようになるでしょう。  ただし、歴史的には、逆九九は、九九八十一から始めて、大きい数×小さい数、同じ数×同じ数、以外は省くのが本当です。  さて、九九は、数字という言語を使用した暗記ですが、そろばんと決定的にちがうことがわかりますか?  そろばんの盤面は、約束によって、数字として読むことができますが、そろばんの玉一つ一つは、樺玉、柘植玉、黒檀玉、紫檀玉、梅玉など、どんな種類の玉であっても、そろばんの玉にすぎません。  いっぽう、電卓は数字キーに数字が記入されていますから、数字という言語の操作です。  そう考えてみますと、そろばんって、なんだか不思議な道具ですね。  わたしが小学生のころにもどってみますと、そろばんの重みや手触り、また、玉を弾くときの感触や音感がよみがえってきます。電卓とは、ぜんぜんちがう世界が広がります。  珠算式暗算でも、意識のどこかに、そろばんを弾いて練習したときの体感が残っているでしょう。  そろばん以外でも、書道、絵画、彫刻、裁縫、弓道、剣道、料理など、道具を使う作業をくりかえしていますと、言葉ではうまく表現できない体感が身についてきます。  小学生にとって、体感をともなう学習はとても重要です。 山手学院 学院長 筒井保明

そろばん通信|2021年4月号

ややこしい九九のはなし  むかし(といっても大正・昭和のはじめ)のそろばんの本を読んでいると、半九九、順九九、逆九九、総九九というようなことが書いてあります。  もっとむかし(江戸時代・明治時代)のそろばんの本を読むと、掛け算の九九だけでなく、割り算の九九まで出てきます。  松下村塾の吉田松陰先生は、江戸時代の人ですから、門下生に割り算の九九まで教えていましたが、あんまりややこしいので、わたしは、最後まで読まないで投げ出してしまいました。  左の図は、半九九の表で、文字どおり、九九が半分しかありません。同じ数×同じ数、小さい数×大きい数、以外の掛け算は省いてしまいます。順九九ともいいます。  逆九九というのは、この表をひっくり返して、九九八十一から始めるのですが、同じ数×同じ数、大きい数×小さい数、以外の掛け算は省いてしまいます。  これは、中国や日本のいちばん古い九九の記録が、半九九、逆九九のように書かれているからです。記述するのが、めんどうだっただけかもしれないのですが、伝統的に、中国や日本では、半九九、逆九九、でした。  半九九と逆九九を足すと、総九九になります。  現在では、ほとんどの九九の表は、総九九になっていますね。  日本の学校教育で総九九が採用されたのは、大正14年(1925年)ですので、96年前のことです。当時は、先生自体が半九九(順九九)しかできませんでしたから、苦手な先生は総九九を教えることにずいぶん抵抗があったようです。  そのうえ、たとえば、三五十五(3×5=15)のうち、どちらが「かけられる数」で、どちらが「かける数」か、で議論がわかれていました。3の5倍は15、と考えるか、3倍の5は15、と考えるか、ということです。九九も意外とややこしいものです。  ところで、当時の教師用の解説書には、九九の呼び声として、「二一二」「二二四」と呼べ、と書かれていました。  これに対して、そろばんの教師たちが、「にいちに、ににし」では覚えにくい。そろばんで覚えるように、二一ガ二、二二ンガ四と唱えるほうが記憶しやすい」と反対しました。  また、「ガ」が十の位にあたるので、そろばんの珠の置きまちがえがなくなると主張しました。  たとえば、  三一ガ三 3×1「ガ三」(03)  三二ガ六 3×2「ガ六」(06)  三三ガ九 3×3「ガ九」(09)  三四十二 3×4「十二」(12)  三五十五 3×5「十五」(15)  九九の答えが二桁になるとき、「ガ」が入らないことに気がつきましたか?  九九の呼び声に「ガ」が残ったのは、そろばんの功績の一つでしょう。  なにしろ、当時の文部省は、「ガ」を捨てようとしていたのですから。  みなさんは、まず総九九をしっかりと自分のものにしてください。 山手学院 学院長 筒井保明