学院長からのメッセージ 2018 April

「読み書き算盤」を身につける! Reading, writing and calculating.  算数・数学が苦手な生徒たちの最大の弱点は、計算が不正確なこと、計算が遅いこと、計算に労力がかかることだ。計算にエネルギーを使わずに、楽々と問題に取り組むことができるなら、算数・数学の学習は楽しいものになるだろう。  ゼロを発見した民族であるインド人が理数系の学問を得意とするのは、暗算力のおかげである。  数学の教師を見ても、問題を解く速度が速いのは、やはり暗算を得意とする教師である。  山手学院の教師のなかに、4桁×4桁を暗算する強者がいる。全国珠算教育連盟で珠算7段、暗算9段。彼によると、算盤・暗算のメリットは、「計算が速くできる」「大きな数字でも平気になる」「集中力がつく」「数字自体に強くなる」「気楽に計算できる」「大きな桁数の暗算もできる」「日常生活で役立つ」などなど。  算盤の教育は江戸時代まで遡ることができるが、明治34年に刊行された『女子生涯の務』(的場鉎之助)を見ると、「読み書き算盤」を生涯の初めに学ぶべきことと定めている。読み書き算盤ができないと、生きていくうえで苦しいことになる。読み書き算盤は小学生のうちに習い覚えることであり、成人してからでは難しい。飯を炊くとき、米の洗い方、水加減、火の焚き塩梅、そして火を引くときまで、くわしく教えられたとしても、自分でやってみなければわからないように、「読み書き算盤」は実地実際のことに活用しなければ役に立たない。明治時代の婦人には算術が必要であるとして、記述は、算術(算盤)の説明に入る。  まず四則として、加算(よせ算)、減算(ひき算)、乗算(かけ算)、除算(わりさん)の基本。  和算と洋算の別があり、それぞれ利益があるが、日常のことは和算で足りる。  加算の九九として、「一に九足すの十。二に八足すの十。三に七足すの十。四に六足すの十。五に五足すの十。六に四足すの十。七に三足すの十。八に二足すの十。九に一足すの十。」  減算の九九として、「一引いて九残る。二引いて八残る。三引いて七残る。四引いて六残る。五引いて五残る。六引いて四残る。七引いて三残る。八引いて二残る。九引いて一残る。」  このあと、乗算の九九、除算の九九と続く。(乗算の九九は、君たちも身につけている)  算術は商人の仕事だとか下賤の役割だとかいうのは大昔のことで、明治の御代では、誰もが勤めて算術を学ぶべきであると勧めている。(以上『女子生涯の務』第3章)  明治時代の人たちは、きっと算術に強かったにちがいない。  さて、算盤の利点を現代的に解釈すると、「算盤という具体的な道具が数字を抽象化していること」「指を使うことによって数字を体感できること」「算盤の操作をイメージ化することによって脳の働きを活性化すること」「計算が脳の中で自動化されること(高速化されること)」などが考えられるだろう。  小学生のわたしにとって算盤という道具は戸車のたくさんついたスケートボードのようなものであったが、本来、算盤は計算を抽象化する高度な道具なのである。  算数・数学を苦手にする生徒たちと接していると、大きな原因が、計算がめんどうだという心理面にあることがわかる。つまり、計算が億劫だから、算数・数学がきらいになっていくのだ。  和算でも、洋算でも、くりかえしによって計算速度は上がっていく。計算が楽なら、算数・数学に取り組むことがめんどうにならないし、学習が持続できるであろう。  算数嫌い、数学嫌いにならないために、早い段階で「楽に計算できる力」を身につけておこう。 学院長 筒井保明

学院長からのメッセージ 2018 March

やりたいことを見つけよう! You’ve got to find what you love.  スタンフォード大学の卒業生たちに向かって、「やりたいことを見つけよう」と励ましたのは、アップル・コンピューターの創業者スティーブ・ジョブズだ。彼自身は、あるカレッジを半年で退学した。理由は、学校に価値が見出せなかったから。このとき、彼は、なにをやりたいのか、まったくわかっていなかった。その後、好奇心と直感が導くままに出会ったものごと(その一つがカリグラフィー=文字を美しく見せるための筆記法)が、将来のある時点で、アップル・コンピューターにつながったとき、無限の価値に変わった。このことをスティーブ・ジョブズは、「点々をつなぐこと」connecting the dotsと表現した。  空間と時間のなかでものごとが関係することをお釈迦様が縁起と呼んだように、ジョブズは、自分が出会ったものごとが現在や未来のものごとにつながることを「点々をつなぐこと」といった。「先を見て、点々をつなぐことはできない。ふりかえって、点々をつなぐことができるだけだ。君の未来において、なんやかやで点々がつながっていくことを信じるんだよ」  カリグラフィーを学んでいるとき、それがアップル・コンピューターにつながるとは予想もしていなかった。アップル・コンピューターの開発に取り組んでいるとき、カリグラフィーという点がつながったのだ。  スピーチのなかほどで死の問題に触れた後、「時間は限られている。他人の人生を生きるな。教条に騙されるな。君の目標を他人に評価させるな。君の心と直感に従う勇気を持て。心と直感は君が何になりたいのか知っているものさ」と若者を励まし、最後に、『全地球カタログ』の編集者スチュワート・ブランドの話をして、その最終巻の裏表紙に早朝の田舎道の写真があり、その下に「ハングリーであれ。バカであれ」Stay Hungry. Stay Foolish.という言葉があるのを紹介して、自分自身と卒業生たちへの締めくくりのメッセージとしている。ハングリーも、バカも、この文脈では、肯定的な意味だ。  さて、2019年に開校する細田学園中学・高等学校は、ジョブズの「点々をつなぐこと」を踏まえて、ドッツdots教育を行う。教育目標として、学校で体験したことが生徒一人ひとりの未来につながっていくことを目指している。細田学園は、この数年、人気も実績も高くなっている学校であり、中高一貫教育の成果が期待できる学校になるだろう。  細田学園は、教育内容を明確に示している学校の一つだ。教育方針や教育内容を明示することによって、自然と受験者の層が変わってくる。教育内容が一般的なものであれば受験者は広範囲になるが、教育の特徴がはっきりすると、その方針や内容に賛成する生徒・保護者に絞り込まれてくるからである。  どちらのほうがいいかというと、教育内容ははっきりしているほうがいい。「やりたいこと」「やりたいことにつながること」がその学校にあれば、志望校として安心して選べるだろう。  スティーブ・ジョブズがカレッジを退学したのは、やりたいことがなかったからだ。ジョブズは、「やりたいこと」で学校を選ぶべきであったろう。  中学、高校、大学、大学院…と、上級に上がるにしたがって、やりたいことはより明確になるはずだが、おぼろげであっても、とりあえずであっても、やりたいことを考えてから学校を選んでほしい。「なぜ進学するのか」といえば、その場所が自分の将来につながると判断するからである。  さあ、やりたいことを見つけよう。行きたい学校を見つけよう。 学院長 筒井保明

学院長からのメッセージ 2018 February

教え方も学び方も変わっていく。 Changes in the Teaching and Learning Process  狭山市智光山公園のこども動物園の目玉の一つは、天竺ネズミのお帰り橋である。小動物との交流スペースから天竺ネズミの小屋まで21メートルの細い橋を渡す。お帰りの時間になると、その細い橋の上をヒョコヒョコと連なって天竺ネズミが渡っていくのだ。  橋を挟んで、たくさんの子どもたち、保護者のみなさん、若いカップルなどが、次々と小屋に戻っていく天竺ネズミを眺めている。このとき、若いカップルの女性が、「信じられないくらいかわいいわ。キュンとしちゃう」と甘い声を上げると、向かい側の5歳くらいの女の子が、まったく同じ口調で、「信じられないくらいかわいいわ。キュンとしちゃう」と明るい声を上げた。カップルの女性に5歳の女の子が同調したのは、ミラーニューロンという神経細胞の反応だろう。このように、ある状況下で、人に同調することによって、わたしたちは言葉を覚えていく。  言語のイマージョン教育は、5歳の女の子がカップルの女性から学んだように、その言語の使われる状況のなかでその言語を習得する方法である。  2019年4月開校、埼玉県初の中等教育学校である「さいたま市立大宮国際中等教育学校」は、英語のイマージョン教育を毎日の学校生活のなかに取り入れる。朝はAll Englishの時間で、校長先生をはじめとして、全員が英語で話すそうだ。つまり、全体として英語が話される状況をつくり、そのなかで英語力を磨いていく。当然、英語だけが話される状況では、誰もがThink in English(英語で考える)になる。日本語が入り込む余地がなくなるのだ。  イマージョン(全身を水に浸す)というと、わたしは、イエスがヨルダン川の水に浸かって、ヨハネから洗礼を受ける場面を思い浮かべる。英語に全身を浸しているとき、人は、英語を吸収するために、英語を感得するしかない。数学に全身を浸しているとき、人は、数学の世界に入るために、数学を感得するしかない。摂理も、英語も、数学も、感得してはじめて本当に知ることができる。  たとえば、友だちが誰かにNice to see you.と言っている。その誰かが君に手を差し出して、Nice to see you.と話しかけてきたら、君も反射的にNice to see you.と言って握手するだろう。この状況では、Nice to see you.と言うのだな、と自然に身につくわけだ。つぎに、初めて会う誰かに対して、英語の得意な友だちがNice to meet you.と挨拶しているのを見たら、君もきっとNice to meet you.というだろう。どういう場合がseeで、どういう場合がmeetか、その状況が教えてくれる。  そして、お互いが顔見知りになったから、それぞれの教室に向かうとき、See you! といって別れる。  See you soon. See you later. See you tomorrow. See you next week. See you again. というのも、その場の状況が決めるわけだ。経験すればわかることだが、イマージョンで学んでいるとき、日本語はほとんど浮かんでこない。日本語で考えてから、英語で話す、などということは起こらない。英語に対しては、あくまで英語で対応することになる。 […]

学院長からのメッセージ 2018 January

その日をつかめ! Seize the Day  君はその日に近づいていく。いよいよ試験に臨むことになる。  未来に向かうのは君であって、その日をつかむのは君なのだ。  「その日をつかめ」Seize the Dayという言葉は、いろいろな状況で使われるので、そのときによって意味は異なるけれど、試験に臨んでいるその時こそ、君は「その日」をつかむのだ。  1976年にノーベル文学賞を受賞したアメリカの作家ソウル・ベローは、小説の中で、「現在のこの瞬間だよ。過去は役に立たないし、未来は不安に満ちている。でも、現在は現実だ。ここ、と、いま、さ。さあ、その日をつかもうぜ」と登場人物に語らせている。たしかに、目の前に入試問題と答案用紙があるとき、過去も未来もなく、君は、その日をつかむだけである。  では、その日、その時まで、君はどういう準備をしたらいいのであろうか。学習方法に関してはこれまで何度も書いてきたから、それを読み返してもらいたい。今回は、試験のコンディションづくりである。 1.朝型の生活を守る。  自分の受験する学校の試験時間を確認して、その時間に意識的に頭を働かせる生活をする。夜型は絶対にだめである。深夜は、睡眠による成長と療養と記憶の時間だ。 2.リラックスしてから、志望校を意識して学習する。  人は緊張状態では学習を吸収できないし、力をじゅうぶんに発揮できない。学習や試験の前に、いちどリラックスすることが必要だ。ゆっくりと呼吸しながら、肩の力を抜く。そして、リラックスできたら、志望校を意識する。志望校は君の目標であり、目標はやる気を引き起こす。目標に対して取り組もうとすると、脳の中で、やる気分子と呼ばれる神経伝達物質ドーパミンが分泌される。俄然、学習が進むのだ。 3.過去の入試問題に馴染んでおく。  多くの中学・高校が自校の過去の入試問題を見直して検討し、今年の入試問題を作成する。以前、早稲田の先生方が、「模試なんて見ないし、気にしません。基本的に自校の過去問題を見直して検討し、今年の問題をつくります」と言っていた。豊島岡女子学園の先生方も同じことを言っていた。過去の入試問題に馴染んでおくと、当日、焦らずに済むのだ。焦ると緊張状態を引き起こすので、失敗を誘発してしまう。試験会場に早めにいく。入試問題に馴染んでおく。いずれも緊張しないための方法である。 4.電子機器との接触時間を減らす。  テレビ、パソコン、ゲーム機、携帯電話などに、長時間、接することは避ける。まず受験学習の時間が削られてしまう。学習後であれば、短期記憶が壊されてしまう。また、就寝前であれば、睡眠ホルモンのメラトニンの分泌を抑えるので、眠りが浅くなってしまう。さらに電子機器の画面を見つめることは、ビタミンやミネラルをかなり消費するという報告もあるので、体調を崩される恐れもある。 5.食事のバランスに気をつける。  風邪をひきやすい季節であるから、ビタミンやミネラルが不足しない食事をする必要がある。暴飲暴食は、禁止。肉類など消化に時間がかかるものは継続的に血液を胃腸に集めるので、できれば試験前日の夜には避けたい。豚カツは、試験前ではなく、勝ってから、なのだ。  当日の体調は、実力の発揮を決定的に左右する。試験は試合とまったく同じなのだ。  君はその日に近づいていく。その日をつかめ。 学院長 筒井保明

学院長からのメッセージ 2017 December

学習速度を上げよう! Speed Up the Learning Process  遊びたい。でも、お母さんに「宿題をやってから」と命じられている。このとき、小学生は、大急ぎで宿題に取り組むだろう。学習の過程で、大急ぎでやることは、学習速度自体を上げるためにも重要なトレーニングになる。入学試験のように制限時間があるときには、読むのでも、書くのでも、解くのでも、速くやるしかないのだから、「大急ぎでやる」という意識は必要なものだ。  前号で大宮高校の先輩の話をしたが、彼の最大の課題がこの学習速度である。遅くやればできるのだけれど、物理的な量が多すぎて、終わらない状態になっている。前回、頭をよく働かせる方法は述べたので、今回は、学習速度を速める方法を説明しよう。  学習は、基本的に運動と同じである。運動も学習も「やる気分子」と呼ばれるドーパミンが脳内に分泌されて起動する。「走ろう」と思って走り出し、「もっと速く走ろう」と思って訓練すると、もっと速く走れるようになる。だから、学習速度を上げたいのならば、「速くやろう」という意志が必要だ。「焦る」「慌てる」は感情に支配された状態なので、むしろ遅くなる。あくまで「速くやろう」という意志で取り組み、もっと速くしたいなら、繰り返し訓練していく。  神経細胞のレベルでいえば、同じ刺激を繰り返すことによって、神経細胞がシナプス結合を起こす。「学」が最初の刺激、「習」が繰り返しの刺激である。シナプス結合によって、情報の伝達が可能になり、さらに同じ刺激を繰り返すと、神経細胞の軸索に髄鞘ができ、情報の伝達速度がより速くなる。わたしたちの実感では、それまで意識しながらコツコツやっていたことが、何度もやっているうちに無意識に速くできるようになる感じだ。だから、単純な学習は、意識して速度を上げながら、繰り返しやればよい。  では、複雑な学習は、どうすればいいのだろうか。学習の過程をかんたんに図にまとめたので説明すると、わたしたちは、学ぶとき、目や耳や口や手などを使って学習を知覚する。(知覚されないものは忘れられる)つぎに知覚された学習が稼働記憶・短期記憶として反復される。このとき、長期記憶(すでに持っている記憶)を検索し、長期記憶と照会しながら、新しい学習を確定していく。(不必要なものは忘れられる)新しい学習は、ひとまず短期記憶として海馬に蓄えられる。つまり、目の前の学習とは、長期記憶と関連させながら、新しいもの、身についていないものを短期記憶として準備することなのだ。(短期記憶は、睡眠によって長期記憶になる)  どの教科であっても、新しいものが多ければ多いほど、反復が必要になり、学習に時間がかかる。長期記憶が豊富であればあるほど、反復されるものが減り、学習時間は短くなる。長期記憶が豊富であるということは、すでに知識や身についていることがたくさんあるということだ。  結論をいうと、たくさん学習して、知識が増えれば増えるほど、できることが増えれば増えるほど、学習速度が速くなる。誰でも得意な教科の学習速度は速いのだ。  学習のコツは、竈のご飯炊きに似ている。「はじめちょろちょろなかぱっぱ、ぶつぶついうころ火を引いて、一握りの藁燃やし、赤子泣いても蓋とるな」  君たちの学習は、まだまだ「はじめちょろちょろ」である。「ぱっぱ」「ぶつぶつ」と沸騰するほど学習して、あとはぐっすり眠ればよい。蓋をとるころ(起きたとき)、君の脳の処理速度は速くなっている。 学院長 筒井保明

学院長からのメッセージ 2017 November

ぐっすり眠って、しっかり学習しよう! Sleep Well. Study Hard.  大宮高校は、他校に倍加する数学の学習量を生徒たちに要求するので、苦手になってしまうと学習進度についていくことが難しくなる。君たちの先輩の一人が、課題提出が間に合わない状態になってしまって、宿題10問に対して、帰宅後に解けたのが2問、さらに8問を解くために、栄養ドリンクを飲んだり、チョコレートを食べたりして、徹夜で取り組んだが、仕上げることができなかった。「どうしたらいいのか」と、当人はうなだれている。  大宮高校が数学に力を入れる理由は、東京大学をはじめとして国立大学の合否が数学に左右されるという事実があるからだ。「この春の東京大学の合否はほぼ数学で決まりました」と大宮高校の教頭先生は分析している。だから、大宮高校の生徒であるかぎり、数学との闘いは続く。 「宿題をこなすこともできないなんて…。どうしたらいいのでしょうか?」 「そもそも徹夜が悪い。栄養ドリンクやチョコレートの常習も逆効果になっている。数学に対して、ネガティブな気分で必死にやろうとしている。頭が働かない理由が揃っているのだから、できるはずのものもできない。このままでは悪くなる一方だな」  君たちの先輩は絶望的な顔をして、頭を抱える。  そこで、一つ目のアドバイス。 「夜中・深夜・徹夜の学習はやらない。どうしても時間が足りないなら、ぐっすり眠って、朝早く起きて学習する」  このルールを守るだけでも、ぐんと頭がよく働くようになる。通常、頭も体も疲れて帰宅しているのだから、夕食後、11時を過ぎる程度の学習はよいとしても、さらに栄養ドリンクやチョコレートで元気をつけたつもりになって深夜まで勉強することは、あとで無理が祟ることになる。(この元気は、血糖値が急激に上がったことによる勘違いで、すぐにインスリンによって血糖値が急激に下がり、実際は逆効果となる)  人は、生活するかぎり、つねに心身を毀損しているので、十分に睡眠をとって、自分自身を修復する必要がある。夜中・深夜(子の刻・午後11時~午前1時/丑の刻・午前1時~午前3時)は、熟睡し、成長ホルモンを分泌させ、傷ついた細胞を修復する時間帯である。また、10代であれば、脳や身体が成長する時間帯でもある。さらに、この時間帯に、短期記憶(その日の学習)が、長期記憶として定着される。だから、この時間帯に睡眠をとらずに勉強していたのでは、心身の疲労も取れず、脳も体も成長せず、学習も定着せず、コンディションが悪くなるばかりである。  毎日、学校に行くために、朝起きて活動を始める時間に、睡眠ホルモンのメラトニンの分泌がセットされる。君たちを熟睡に導くメラトニンの分泌は、グラフのとおりで、通常の生活をしている場合、夜12時から4時のあいだがピークになる。(小学生は異なる)この時間帯も上記と重なる。  どの観点から見ても、夜中・深夜は眠るべき時間であって、学習する時間ではない。  夜中・深夜はぐっすり眠って、朝早く起き、しっかり学習しよう! 学院長 筒井保明

学院長からのメッセージ 2017 October

心を落ち着けて、学習に取り組もう! Learn with composure.  山手学院新河岸校が新しい校舎に移転開校した。新河岸校が開校したのは1986年だから、地域の子どもたちとともに一世代を歩んできたことになる。これから、次の世代が新しい校舎で学んでいく。  新河岸川は、伊佐沼を起点に、荒川と並行して流れる。江戸時代から明治時代にかけて、新河岸川は舟運で賑わい、新河岸川の仙波、川越五河岸、福岡などの河岸から、隅田川の千住、花江戸の河岸まで、37ヵ所の河岸が存在した。大正時代に入って鉄道に代わられるわけだが、東上鉄道(東武東上線)敷設に大きく貢献したのが、福岡河岸で回漕問屋「福田屋」を営んでいた、衆議院議員の星野仙蔵(1870-1917)である。仙蔵は、小野派一刀流剣術免許皆伝であり、埼玉県立川越中学校(現・川越高校)の武術嘱託教師でもあった。  川越中学校の生徒たちへの剣術教練は、『練膽操術』という書籍にまとめられている。柔道家の嘉納治五郎が序を寄せ、「体育法は筋肉を円満に訓練し、健康を増進するをもって、主要なる目的とす。その方法種々ありといえども青年をして深く趣味を感ぜしめ実行の念を強からしむるに欠くべからざる要件二あり。その一は直接利益を予期せしむることにして、その二は勝敗を決することなり」と書き、この二要件を備えたものとして柔道と剣道を推奨している。  『練膽操術』では、不動精眼の構えが基本となる。左足を右足に引き付け、両肘を軽く体に接し、切っ先を目の高さにすると同時に左手をもって柄頭を握る姿勢である。  この基本の構えから、刀を円相に開き、上段から右左の下段に構え、右左八相、右左斜めの構えをとる。さらに、右左に霞め、面を防ぎ、もろ手に突き、入り身に構え、脚を曲げて龍尾に打つ。  「龍尾に打つ」とは、面を防ぎつつ相手の胴あるいは足を切ろうとしてさらに面に打ち込む挙動のようだ。また、「面を防ぎ、前を蹴れ」という挙動もある。   練膽操術によって、練膽、礼儀、廉恥、忍耐、規律の諸徳を養うことができると川越中学校の校長も認めていた。  星野仙蔵が営んだ福田屋は、現在、ふじみ野市立福岡河岸記念館として残っている。玄関を入って、すぐに商家の帳場があり、大福帳が開かれている。その奥の間に「神道無念流道場壁書」が掛けられている。仙蔵自身、神道無念流の免許を持っていた。  壁書を要約すると、「天下のために文武を用いるのは、治乱に備えるためだ。治にも乱を忘れず。だから、武芸を一時も廃してはならない。そもそも剣は死生を瞬息の間に決する業であるから、その技法に精通する必要がある。とことん学び、極めることを願うべきだ。武は戦を止める業であるから、一、争う心があってはいけない。心の和平が必要だ。短気で勝手な人は剣を知らないほうがよい。一、正しい行いの上に武がある。行いが正しくない人の武は害だ。一、正義に用いれば武の徳であり、不正に用いれば暴力だ。一、喧嘩や口論をするな。個人の意趣や遺恨に用いるな。一、堪忍の二字はすべてに共通するが、怒りを抑えるのが第一だ。一、他流の悪口をいうな。剣を知らない人に向かって、武芸を自慢するな。いたずらに技量を争い、誉れを競うのは、いやしい心だ。」  神道無念流の「無念」は、「自我に囚われるな」ということである。  剣や武を「学習」と置き換えても同じだろう。自分の心を落ち着けてから、学習に取り組んでほしい。 学院長 筒井保明

学院長からのメッセージ 2017 September

勝つことの意義 The real meaning of winning  勝つことの本当の意義は、自分に勝つことである。  難しい言葉でいうと、「克己」。そして、正しく自分自身に勝ち続ける行為のことを「精進」という。  目標に向かう人にとっての最大の問題が、「続けること」の難しさなのだ。  君の体も心も、常に変化している。固定された永遠のものはないから「自我」は存在しないとするのが仏法だけれど、それでも、いま、ここに、君はいる。いま、ここにいる自分を宇宙と一体のものだと観ずることができれば悟ったようなものだけれど、当然のことながら、それは続かない。なぜなら、生きている以上、お腹もすくし、眠くもなるし、誰かに話しかけられるし、楽しみたくもなるからだ。  宇宙や世界の成り立ちを悟ったお釈迦様が、弟子たちに正精進(正しく取り組みを続けること)を厳しく教えたのは、人の体も心も変化してしまうこと、そして、正しい取り組みを「続けること」がいかに難しいかを痛感していたからだろう。  「続けること」が、生きることの要なのだ。  したがって、わたしたちの立場でいえば、まず自分の目標を認識し、目標を達成するために学習の取り組みを続けることが重要になる。なにも目標がなければ、そもそも目標に向かう行動が起こせない。また、目標に向かって行動を起こしたとしても、目標を達成するまで行動を続けなければ、途中であきらめることになる。  いいかえれば、目標を達成するまで続ければ、君は目標を達成できるのだ。  さて、学習の取り組み方にも正しい方法と誤った方法がある。  根本的なことをいうと、正しい自己イメージを持っているか、誤った自己イメージを持っているか、の違いである。  夏期勉強合宿の最終日の朝、中学受験生に対して、  「学習中の自分をふりかえると、できる自分とできない自分が存在していたと思います。学習者の姿勢としては、できる自分が本物の自分で、できない自分は偽物の自分だと思っていいでしょう。できる自分が学習すれば、目の前の学習はできるようになりますが、できない自分が学習すると、なかなかできるようになりません。なぜなら、人は、自己イメージにしたがって、考えたり、行動したりするからです。できる自分がイメージできれば、きっとできるようになります。いつでもできる自分を選んでから、学習してください」  という話をした。中学生に対しては、ユーモアで「おれは油虫…」、悪い例で「わたしはダメな自分…」と思ったあとで、「…ではない!」と打ち消そうとしても、頭の中の油虫やダメな自分はなかなか消えないから、最初から「できる自分」をイメージして学習するように勧めた。「レモンじゃない」といっても、レモンを想像すると、唾が出てしまうのと同じで、できない自己イメージは危険なのだ。  君は、できる。目標を達成するまで、取り組みを続けることができれば、君は目標を達成する。  競争のなかには、たしかに勝敗というものがあるけれど、勝つことの本当の意義は、勝敗にはない。目標に向かって取り組みを続けることによって、本当の意義がわかるときが来る。  自分を信じて、正しい取り組みを続けていこう。 学院長 筒井保明

学院長からのメッセージ 2017 June

自分のゴールを達成する! Achieve your goals !  夏期講習パンフレットの表紙に、「君の目標と意志/未来の自分に“いま”をつなぐ!」というタイトルをつけた。  タイトルを考える前に、まず、夏期講習で学習に取り組む君たちをイメージした。  君たちが学習をとおして立ち向かっているのは、ドイツの哲学者ショーペンハウアーの言葉を借りれば、君の「意志と表象としての世界」である。  意志とはなにか。ショーペンハウアーは、人や自然を「生きるための意志の表現」であるととらえた。「生きたい」「成長したい」「食べたい」「飲みたい」「学びたい」「持ちたい」「なりたい」など、自ら求める「…たい」は、すべて意志である。  表象とはなにか。表象は、人の認識を通して目の前に表現された世界である。もっとかんたんにいうと、人というフィルターを通して見えている世界である。じじつ、わたしたちに見えている世界は、現実そのものではなく、わたしたちの五感(脳)をとおして認識され、再構成されている世界である。つまり、同じ場所、同じ時間であっても、一人ひとりに見えている世界は違う。  だから、君が「できるようになりたい」と思って一生懸命に学習しているとき、君は、君自身の「意志と表象としての世界」に直面しているのだ。  たとえば、球技でも、武道でも、芸事でも、研究でも、趣味でも、ある人が無我夢中で取り組んでいるとき、その人はその世界に没頭しているといわれる。なぜなら、ある自己イメージをもって、やりたいことをやっているからだ。ヒットを打つ自分、ゴールを決める自分、一本をとる自分、うつくしく踊る自分、新事実を発見する自分、鯛を釣り上げる自分…それぞれの自己イメージにつながる「なにか」を実行しているので、とことんやれるのだ。  どの分野であっても、目標は、人の表象(世界)を変える。本気の目標ができると、「達成したい」という意志が自然に生まれくる。  「未来の自分に“いま”をつなぐ!」は、「目標と意志」を形にすることを強調した言葉だ。未来の自分とは、いいかえれば、「目標」にほかならない。  生命が時間とともにある以上、人が生きるのは「いま」(現在)である。時間をさかのぼって過去を生きなおすことはできないし、時間をとびこえて未来を先に生きることもできない。人はつねに「いま」を生きている。  この「いま」を未来の自分につなげることが、目標達成の方法なのだ。  君は、いま、目標につながる「なにか」をやっているだろうか。やっているなら、目標達成に近づいていくが、やっていないなら目標達成は無理だろう。たとえば、つぎの定期テストで100点をとりたいなら、いま、100点につながる「なにか」をやっていることが求められる。また、受験生が志望校に合格したいなら、いま、合格につながる「なにか」をやっていることが必要である。どんな目標であっても、それを意識したとき、その目標に「いま」をつなげることが達成の秘訣である。  「未来の自分に“いま”をつなぐ!」とは、目標につながる「なにか」を実行することだ。 学院長 筒井保明

学院長からのメッセージ 2017 July

君には大きな可能性がある。とことん学んでみよう! You have great possibilities. Study thoroughly!  可能性とは、「ありうること」「起こりうること」だから、「君に可能性があるのか」と問われれば、100%、君に可能性はある。君次第で、どんなことでも起こりうる。  本来的な意味であれば、「君が目標を達成できる可能性は70%、目標を達成できない可能性は30%」のように使うわけだが、「あした、天気になあれ」の天気が「いい天気」のことであるように、「君には大きな可能性があるぞ」の可能性は「いい可能性」のことだ。  先日、授業後、小柄な男子生徒から、 「夏休みのあいだ、夏期講習でも、夏期合宿でも、家庭学習でも、全力で取り組んだら、ぼくはどれくらいできるようになるでしょうか?」と質問された。 「自分でできるようになりたいと思うだけ、できるようになるよ」 「具体的にはどれくらいですか? ぼくはいま偏差値58くらいなんですけれど…」 「どれくらいの偏差値にしたいのかな」 「65くらい…」 「それじゃあ、65くらいになるよ。君が本気ならね。でも、それじゃあ、ものたりないな。とりあえず、75を目指すか」 「え!」男子生徒は驚いたようだ。 「偏差値は、参加者全体のなかでの自分の位置をあらわしているものだ。たとえば、10,000人のマラソン選手がいるとして、あるレースで、おおざっぱに、700位以内であれば偏差値65以上、1,600位以内であれば偏差値60以上、3,100位以内であれば偏差値55以上、といった評価になる。偏差値は、ある時点、あるレースにおける結果の評価で、つぎのレースにとっては参考値でしかない。つぎのレースまで、しっかりトレーニングを重ねれば、当然、結果は変わるだろう。せっかく練習するなら、1番を目指してもいい」 「58くらいなら、9月にはどれくらい上がりますか?」 「君の決意次第で、5アップするか、10アップするか、15アップするか、わからない。でも、これから君が本気で取り組むなら、アップすることだけはまちがいない。君には大きな可能性があるのだから、とことんやってみることだ」  じっさい、夏休みのあいだ、君が目標をもって、日々つとめるならば、君の学力は、ある日、飛躍的に伸びる。この「ある日」が、30日後なのか、60日後なのか、100日後なのかは、予測できない。なぜなら、君の学習量が、いつ上昇曲線を描く閾値を超えるのか、わからないからである。  専門的には、学問も芸事も職業も10年間の自主的な取り組みによって、ほとんどの人が教える側になれるくらい上達するものだ。学校の学習は基本的なものであるから、できるまでやれば、その学年のうちに必ずできるようになる。君ができないものが学校の学習内容になるはずがない。  男子生徒は「全力で取り組みます」と宣言してくれた。  わたしは、彼が小柄なことを密かに気にしていることを知っているので、 「受験生であっても、夜12時前に就寝して、熟睡することだ。熟睡中に成長ホルモンが分泌されて、背も高くなる。しっかり学習したら、ぐっすり眠る!」  夏は、大きな成長の季節なのだ。 学院長 筒井保明