眠る前の 1 時間

One hour before sleeping


 毎日、眠る前の 1 時間が、君の人生を決定する。なぜなら、眠る前の状態(記憶)が、睡眠中に定着し、その状態(記憶)を維持して、朝、目覚めるからである。いいかえれば、毎日の就寝前・起床後の状態が、君の人生の根幹になる。
 たとえば、就寝前に「できる自分」を確認して、ぐっすりと眠ることができれば、君は、朝、自信をもって、すがすがしい気持ちで目覚めるだろう。世の中で「できる人」と認められる人物の多くは、この習慣を持っている。学習や練習の後、「わたしはできる」と確信してから、リラックスして眠っているのだ。
 中村天風(1876-1968)は、自身の教えである心身統一法にこの方法を取り入れている。その影響を受けた人々のなかには、MLB の大谷翔平選手も数えられる。(パナソニックの松下幸之助、京セラの稲盛和夫、横綱の双葉山、西武ライオンズ監督の広岡達郎など、多くの人々が影響を受けている)
 現代の神経科学で、この方法の有効性は説明できるけれど、当時、中村天風は、エミール・クーエ(Emile Coué 1857-1926)の自己暗示(autosuggestion)を活用したのではなかろうか。エミール・クーエは、自分自身にかける言葉(autosuggestion)と睡眠時の重要性を主張して、医療や教育の世界に大きな影響を与えていた。クーエは、『自分に対する意識的な声かけによる自己統御』(Self Mastery Through Conscious Autosuggestion,1922)のなかで、「自己暗示、つまり自分に対する声かけは、わたしたちが生まれつき持っている方法である。むしろ力といったほうがいい。この自己暗示の力は、状況によって、最高の結果も、最悪の結果も、もたらす」と述べている。たとえば、積極的な自己暗示(自分はできる)は「できる自分」を生み、消極的な自己暗示(自分はできない)は「できない自分」を生む。「できる」と信じている人はできるようになるが、「できない」と思い込んでいる人はできるようにならないのだ。
 クーエの有名な例えを使えば、「地面に置かれた幅 30cm、長さ 9m の板の上を歩きなさい」と命じられたとき、全員が気楽に渡ってみせる。なぜなら、全員、渡ることができる、と思うからだ。ところが、同じ幅、同じ長さの板が、教会堂の屋根の高さにあるとき、ほとんどの人が、渡ることができない。なぜなら、落ちることを恐れて、渡ることができない、と思うからだ。
 クーエは、「ひとの無意識のなかにあるイメージ(想像)は、ひとの意志よりも強い」という。だから、君が自分に対して「できる自分」というイメージを持っているなら、自然にできるようになるし、「できない自分」というイメージを持っているなら、どうしてもできるようにならない。 クーエは、ひとの無意識のなかにある自己イメージをよいイメージに変える方法を探した。その方法が就寝前におこなう「自分に対する意識的な声かけ」である。
 学習でも、スポーツでも、芸術でも、やり方はおなじだ。就寝前に、自分にむかって(あるいは鏡に映した自分にむかって)、「おれはできる」「わたしはできる」と確信したら、余計なことを考えずに、リラックスして眠りにつく。言葉はイメージを喚起するためのものだから、「おれはできる」「わたしはできる」といったとき、「できる自分」をイメージするとかなり効果的だ。これを毎日くりかえしていると、驚くべきことが起こるだろう。(ただし、しっかりと学習や練習に取り組んでいる場合に限る)
 就寝時は暗示にかかりやすい時間であるからこそ、眠るときの自己イメージは重要なのだ。
 毎日、理想の自分をイメージして、ぐっすりと眠るようにしよう。

山手学院 学院長 筒井 保明